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事業部制語録

事業部制の名言・語録・格言9件


「元来、事業部制組織は、資本主義の本場アメリカで誕生しました。アメリカの経済史の大家アルフレッド・D・チャンドラーによれば、1920年代にデュポンやゼネラル・モーターズといった主要なビッグ・ビジネスが形成される過程で、何万人もの従業員を機能的に動かすのにもっとも適した組織として収斂し、定着したとしています」
渡邊祐介(松下幸之助研究家)


「日本では1908年(明治41年)、岩崎久彌が三菱合資会社において、現場にコストマインドを徹底させるため、銀行部、造船部、庶務部、鉱山部、営業部、炭坑部といった各部へ、一定の資本枠を与えるなどの権限の委譲を断行し、いわゆる事業部制組織をとりました」
渡邊祐介(松下幸之助研究家)


「ただ製品別事業部制組織を採用したという点では、松下電器の事業部制組織は日本ではもっとも早い試みだったといえるでしょう」
渡邊祐介(松下幸之助研究家)


「事業部制の歴史は、1920年代、アメリカで始まったと言われていますが、日本で初めて事業部制を採用したのは松下電器です」
松下正治(パナソニック2代目社長)


「松下電器といえば、1933年(昭和8年)に導入された『事業部制』が特徴でした。ラジオ、ランプと乾電池、配線器具と合成樹脂、電熱機器といった製品ごとに責任経営とするというもので、研究開発から製造、さらには販売、広告宣伝まで、それぞれが独立採算制の事業体として業務を行うようにしたのです。この経営スタイルは、世界初といってもいいほど画期的なものでした」
岩谷英昭(パナソニックを経て経営コンサルタント)


「本社部門を改革し、今年からはドメイン制を廃止し、事業部制をスタートするとともに、カンパニーという枠組みへと再編しました。また、49事業部のすべての数字を月次で明らかにしています。これまではドメインという単位で数字を見ていたわけですが、このなかにはいい事業もあれば、悪い事業もある。それらをひっくるめて、ドメインという単位の『どんぶり』で数字を見ていたわけです。ドメインでは1兆円単位という『どんぶり』でしたが、事業部制に移行してからは、大きくても4000億円規模。その結果、いままでよりも早く課題が見え、改善に向けて早く取り組みはじめた」
津賀一宏(パナソニック8代目社長)


「事業部制は組織を垂直方向ではなく、水平方向に発展させようという試みである」
小林宏治(日本電気(NEC)7代目社長)


「日本セラミックでは事業部制を敷いており、グループ内では競争原理も働かせています。各事業部の事業部長を中心に、経営のいろはを一人ひとりが学ぶ風土を育てているのです」
谷口義晴(日本セラミック創業者)


「私が社長に就任したとき、キヤノンは多角化を標携し、事業部制を敷いていました。その体制が長くなり、制度疲労が起きていた。だから、全体最適という方針を打ち出しました。事業部の壁を破るため、全社に横串を通す委員会を作り、事業部門長に兼任させました。事業部間の壁が低くなり、次第に取り払われました。これで、中央集権で全体最適を目指す効率的な組織に生まれ変わりました」
御手洗冨士夫(キヤノン社長)
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